Fill with the moonlight

 

 

寝返りを打った瞬間、何かの気配を感じセフィロスは目を覚ます。

目に入った広い背中がセフィロスの心のひだをくすぐった。

心地好い夢でも見ているのだろう、一定のリズムで上下するその背が何だか小憎たらしい。

 

重なった唇に鼓動は高鳴った。

あんなにも不快だった他人の体温を自然と求めていた。

彼が名前を呼ぶ度に、海の瞳が揺れる度に、もっと、もっとと望んでいた。

丹念に這わされるざらついた舌を思い返せば自然と体温は上がる。

柔らかな唇が押し付けられた場所に脈が集中しているのではないかと思うほどにそこだけが熱い。

触れる指はこちらが戸惑うぐらい優しかった。

粗野な風貌、言動からは全くもって想像することの出来ない所作であった。

あまりにも恐る恐る触れるものだから思わず笑みが零れてしまうほどだった。

「本当にいいのか」

何度となくかけられた問い。

あんなにも熱情が籠められた掌をどうして振り解くことが出来ようか。

彼が自身の一部になったあの瞬間、白い閃光が目に浮かんでは消えていた。

身体的な苦痛と相反する精神の享楽。

 

その容姿を賛辞する者は数多く、受け入れてもきたけれど正直なところセフィロスは自身の外見を気に入ったことはない。

焼けることのない肌はまるで女のようだったし、賞賛される銀髪とてまるで空にかかるスモッグのようだと思っていた。

そしてまた、ひどく冷たい様だとも。

けれどその瞳に映る自分だけはザックスが囁いた言葉を信じてもいいかもしれないと考えていた。

彼が最後に呟いた何かがとても重要だったことは覚えているけれどそれを思い出そうとしても記憶が煙霧のように曖昧だ。

相手に翻弄されたとあればセフィロスとてあまり気分がいいものではない。

それでも彼はその相手を邪魔だとは思っていなかった。

出なければこうして同じベッドで寝ていたりはしない。

発散された熱を自覚してセフィロスは小さく身じろぎをした。

シーツ一枚では流石に暖まれない。

離れてしまった布を手繰り寄せようかとも思ったがそれはこの、隣で幸せそうに眠る男を起こすことになるだろう。

そうすることは憚られ、セフィロスは諦めて目を閉じた。

けれど気付いてしまった肌寒さは逃れようが無いもので中々寝付くことが出来ない。

一度不快だと思ってしまえばそれをきっかけに数珠繋がりのように色々なものが気に障る。

例えばこの、汗でべたついた身体。

小さく息をつき、彼はソルジャーとしての資質を存分に発揮したしなやかさでベッドを抜け出そうとした。

その瞬間。

「―セフィロス?」

セフィロスは忘れていた。ザックスもまた、ソルジャーであることを。

ベッドに添えられていた白い手をザックスが捕らえる。

「もう、朝か?」

その口調は寝起きだからかやけにたどたどしい。

けれど掴んだ手首にかかる力は通常と変わらないものだった。

「まだ朝ではない。お前は寝ていろ」

そう言いながらセフィロスはその指を離しにかかる。

「お前は?」

その行為を遮るように質問が投げかけられた。

ザックスの声が低く、暗闇に流れる。

「シャワーを浴びてくる」

簡潔に答えてみせれば途端に渋くなる表情がセフィロスの瞳に映った。

「そんなの後でいいだろ」

「だが」

冷たい床の温度を味わう前にセフィロスの足は再びシーツに触れた。

引っ張り込まれた衝撃でスプリングが揺れる。

「ザックス」

非難の声に彼が笑うのが分かった。

いつの間にか近付いた距離がどこか気恥ずかしい。

肩口によせられた唇が戯れのように触れては離れていく。

「おいザックス」

欲の欠片も無い口付けはただくすぐったさを残すだけでセフィロスはくぐもった笑いを漏らしながら言う。

「やけに上機嫌だな」

「そりゃあ惚れた奴にキス出来るんだ。嬉しくないわけないだろ」

乗り上げてくる身体を押し返すこともせずセフィロスは見上げる立場へと変わったザックスが落としてくる唇を受け止める。

唇は勿論のこと額、頬、果ては反射的に閉じた瞼の上にも柔らかなそれは降り注ぐ。

「唇は愛情、額は友情、頬は厚情で目の上は憧憬、か」

「何だそれ」

突然呟かれた言葉にザックスは首を捻る。

「昔何かの書物で読んだ。キスの格言だそうだ」

「格言、ねぇ」

大した興味も無さそうに彼はただ言葉を真似た。

「ちなみに首と腕は欲望らしいぞ」

今にも首筋に噛み付こうとしていたザックスを牽制するようにセフィロスは続ける。

微かな反応を示してからザックスはもう一度そこへと近付いた。

香水を好まない彼から立ち上る香りに自分は毒されているのだろう。

眠りに落ちる前から何度も何度も触れているのにまだ足りないと身体が訴えるのだ。

そう、自分はセフィロスに飢えている。

 

「否定しねーよ」

返した言葉にセフィロスは一瞬だけ驚愕した素振りを見せた。

即座に飛び出すだろう辛辣な言葉をその口を塞ぐことで阻止する。

ずっと願っていたのだ。

その肌に触れ唇を貪り玲瓏なこの男を崩す瞬間を。

欲望よりもずっとこの感情は荒れている。

 

「セフィロス」

漏らす吐息の中に熱い何かが見え隠れする。

欲の匂いにセフィロスは微かに肩を震わせた。

普段快活な笑いを浮かべるザックスが限られた時に見せる視線が好きだ。

戦場でしか見ることのなかった獣の目付きをまさかこんな所で目にするとは思わなかった。

それも、自分に向けられるなんて。

「セフィロス」

額に落とされた口付けが行為の続行を望んでいる。

ああ、とセフィロスは呆れたような笑いを浮かべた。

何故この状態で伺いを立てるのだろう。

本気で拒否するのならとっくにこの場から抜け出しているというのに。

「なーに笑ってんだよ」

色気がないことに腹を立てているのかザックスの眉が顰められた。

いや、と言いながらセフィロスは首を振る。

「だからお前はいつも最後に逃げられるんだろうな、と思っただけだ」

言葉自体は侮辱とも取れるのだがザックスはただ、人を陶酔させる美しさを持った相手の顔を眺めた。

何故文句を言わないのかと問われれば、その表情に彼を否定する要素は見て取れなかったからだと答えるだろう。

言葉とは裏腹な優しい眼差し。

「お前のそういう所が俺は嫌いではない」

不意にかかる吐息にザックスの心が、身体が震える。

セフィロスの胸元に頭を重ねながら囁いた。

「俺はお前の全部が好きなんだけどな」

 

『好きだ』と言われる方が『嫌いではない』よりもずっと嬉しいことを彼が知ってくれればいいのに。

ザックスはそんな願いを込めてセフィロスの唇に自らのそれを重ねた。

温もりは変わらないのに何故かまだ遠い、その距離。