愛する人 愛される人

 

「ごめん」

そう言って俯くあなたの姿に私の涙は零れ落ちなかった。

断られると分かっていた。何の繋がりの無い、私達。

だけど夢を見ていた。

ただ、場末の酒場でソルジャー仲間と、神羅兵と、そして色とりどりの女の子達。

訪れる度に違う人を連れて来るあなたにほんの少しの期待を込めていた。

一度触れただけの手は温かかく、それが私に触れることを。

いとおしむように、慈しむように抱き締めてくれることを。

 

ずっと、ずっと気になっていた。

初めて会ったあの時から。

ずっと、ずっと見てきたの。

だから気付いていた。あなたの隣にある日突然女の子が居なくなったことに。

そう、だからこんな結末になることなんて充分過ぎる程知っていた。

だからこそ言わずにはいられなかった。言葉にするしか私の存在を知ってもらう方法は無かった。

何とか彼の空の瞳に映りたかった。

だけどこうしてみても私は映らない。

彼が私の向こうに見るのは愛する人。愛しい人。

「羨ましい」

思わず呟いた言葉に首を傾げるあなたが好き。

こうして反応してくれるのは優しい証拠。

だから困らせないように笑ってみよう。

それしか、出来ない。あなたの為に。

 

あなたの好きな人。あなたと恋人になれる人。すごく、すごく羨ましい

本音は言わないで、ただ笑って。あなたが笑顔でいられるように。

「ごめんなさい。困らせて」

そんなことないというようにかぶりを振る頭に触れたかった。

その髪が乱れる様をこの目で見たかった。

お酒だけじゃなくてコーヒーも好きなこと、知っている。

朝を迎えて、一緒にコーヒーを飲みたかった。

どれも叶わない夢物語。

油断すると塞き止めたはずの感情が流れ出してしまうから、そっと後ろへ足を進める。

「ありがとう。困った顔しないで断ってくれて」

これが精一杯の強がりなのか本音なのか私にも分からない。

ただ、あなたが言った「こっちこそ…ありがとう」の言葉が胸をつまらせることは確かで。

大好きだった。優しくて、無くてはならない存在で、それなのに肝心なところでは鈍感で。

あなたが好きだった。言わずにはいられないぐらい本当に。

振り返ってはいけなかった。

あなたがまだそこにいること、気付いていたけどもう一度あなたを見たら忘れられないことぐらい分かりきっていた。

ねえザックス。

呼ぶことも無かった名前を舌の上で転がせば苦味が身体中に染み渡る。

 

あなたもこんな風に涙を流したことはありますか。

好きな人を思って、泣いたことはありますか。

 

突き抜けるような青空がこんな日はひどく痛い。

 

 

 

 

 

 

 

帰ってきた同居人の様子がおかしいとはセフィロスも気付いていた。

だが彼は自分から何か言わないのならわざわざ聞く必要は無いという考えの持ち主だったので、

帰った途端シャワーを浴びるザックスのことは気にしながらも放っておくことに決めていた。

しかし、突然背後から抱きつかれれば流石のセフィロスも「どうした」と尋ねないわけにはいかない。

座っている自分と立っている彼とでは大分差があるので体勢に無理があるのではないかと、

滴り落ちる水滴に文句を言いながら頭の一部が疑問を呼びかける。

けれどザックスはそんなこと気にする素振りも見せず、ただセフィロスに甘えるように力を強めていく。

「本当にどうした。振られたか」

耐え切れず言葉を繋げば「そうじゃない」と淡々とした答えが返される。

「なら」とそのまま紡ごうとした声はザックスによって飲み込まれた。

この瞬間は同居人ではなく恋人という関係だな、とセフィロスはやけに冷静な頭で考える。

問題はそんな関係を嫌ではないと思っていることだ。

「セフィロス」

やけに艶めいた声が次に口にする言葉は「今幸せか?」という思いがけない問いだった。

唐突過ぎる質問に面くらいながらも彼は一瞬の無言の後「不幸ではない」と口にする。

それがセフィロスの譲歩であった。

その本意を知っているザックスは安心したように微笑し「それならいいんだ」などと頷いている。

そしてもう一度唇を寄せて一言。

「俺お前が好きだ」

「今更ではないのか?」

セフィロスの素っ気無い態度にザックスは呆れたように肩を竦め「ええ今更ですけどね」とそっぽを向いた。

自由になった身体を、離れていく熱を、物足りないと思う自分は重症だろう。

それを言えば調子に乗るであろうザックスはしゃくに障るので決して口では言わないが。

けれど、恐らく勘のいいあの男はそんなこと本能で知っている。

こうして離れていけば自分は必ずその名を呼んでいるのだから。

 

「ザックス」

振り向くその不機嫌な顔に僅かの優越が見えることぐらい大目に見てやってもいいだろうか。

セフィロスはつくづく甘いと思いながらその温もりを近くで感じる為に立ち上がった。

呼べば答える存在がそばにあることの幸せを彼はまだ知らずにいる。