未来の英雄

 

 

強い雨が降っていた。
それはガラス越しであるものの確かに、アンジールに寒気を感じさせる。
固い靴音が人物の到来を告げる。
おもむろに傍らに立つその人にアンジールは僅かに頬を緩めた。
「お前も心配なのか?セフィロス」
セフィロス、と呼ばれた男は端麗な顔を少々しかめながらも感情は出さずに「そうではない」と応酬する。

整った指先が磨き上げられた窓に触れた。
映る姿はまるで彫刻のように美しい。
この姿にどれだけの者が憧れを抱き、彼となることを目指したのだろう。
アンジールは自身の幼馴染と部下の顔を思い返し、ますますその笑みを深くする。
その表情が消えたのはセフィロスの「降ってしまったな」という一言であった。
自分もまた彼に倣い窓の外へと目を向ける。
「向こうは降っていないといいんだが」
口をついて出た言葉は独り言だったので彼が頷いた瞬間アンジールは大きく瞳を瞬かせ、「珍しい」と言っていた。
誰よりも魔晄に近い色の目がその日初めてアンジールを映しこむ。
「お前がまさかそんなに奴のことを気にしているとは思わなかった」
「俺の査定に響くんだ」
苦々しく呟いたその言葉が真意でないことは目に見えている。セフィロス、神羅の英雄である彼にとって金なら有り余る程持っているのだ。

そしてセフィロスはそれを無駄に使ったりはしなかった。どこぞの誰かとは違って。
その誰かは今頃、意気揚々と敵を叩いているのだろう。
もしくはこの雨で英雄になるという野望の一端が折られているか。
しょげかえる姿も、はしゃぐ声も、どれもが簡単に想像出来てアンジールの胸に温かい何かが宿る。

宿るからこそ心配はついてまわるのだ。
「ザックスはどうだった。一撃で倒せるようになったか?」
「モンスター程度ならな。だが、あれはツメが甘い。敵に後ろを見せるのは止めろと散々言ったんだが」
自分ではどうも馴れ合いになって困る、とアンジールがセフィロスに子犬と称する彼を預けたのはつい数日前のことだった。

そしてそれは功をなしたようにその時は見えたのである。
「2ndでもやれる任務だろうと任せたんだが―矢張り早かっただろうか」
アンジールの唇から重い溜め息が漏れた。
真っ直ぐ未来を見据える瞳を失うには早すぎる。
「確かに、一人ではまだまだだろうな」
その言葉にアンジールの憂いは募り再び息を吐き出した。
「だが―」
そんな思いを知ってか知らずか、セフィロスは緩やかに唇を開く。
「筋はいい。お前が教え込んでいるかいはある」
驚き、目を見開くアンジールにセフィロスが僅かに口角を持ち上げた。
そしてアンジールは気付く。
彼が自分を気遣ってくれたことに。
やれやれというように首を振り、アンジールはいつもの微苦笑をその顔に浮かべた。
一瞬流れる穏やかな空気を無粋な電子音が邪魔をする。
取り出した携帯電話を受けるアンジールから張り詰めた糸のようなものが消えたのをセフィロスは目で感じ取った。
通話を終え、一言。
「英雄になり損ねたそうだ」
アンジールの言葉にセフィロスが深い笑みを作る。
「何処にいても何があってもあいつはあいつ、か」
漏らす声が何よりも真実めいていて、アンジールは大いに賛同した。
再び視界を雨空へ移せば僅かに弱くなっているようだ。
この分ならば彼がミッドガルに戻る頃には太陽が見え隠れする程度には回復するだろう。
僅かな光だとしてもそれはいつかの晴れ間に繋がっているはずだ。
そしてその光は未来への希望に輝く彼にこそふさわしい。