One love

 

酔っ払いのタイプは二種類に分けられるとザックスは思う。

羽目をはずす者とはずさない者。

そしてザックスは自他共に認める前者であった。

 

「鍵を、かけようと思っている」

朝、向かい合う形でコーヒーを啜るセフィロスが多少言いにくそうに、だが異は唱えさせないという口調で呟く。

ミネラルウォーターのボトルをそのまま口に含んでいたザックスは「あー」だとか「うー」という唸り声を上げ、

最近生活を共にするようになった同居人の顔を見つめた。

同居人、というのは少々語弊があるかもしれない。

そもそもセフィロスの家に転がり込んできたのはザックスで正しくは

『セフィロスが行き場を無くしたザックスを置いてやっている』といったところだろう。

だからと言って人一人増えたところでその持て余す程広い空間に狭さを感じることはなく、

気が向けば夕食を共にすると言った状況にセフィロス自身も不満を口にすることはなかったのだが。

寝室は勿論別で、互いに用が出来た時はノックをするのが最低条件であった為これまで問題は起こらなかった。

そう、鍵をつける必要性をセフィロスが感じたのは今まで生きてきた中で昨晩が初めてのことだった。

 

ザックスは顔が広い。

セフィロスも勿論知らない人間はいないのだが、彼の場合は質が違う。

ザックスを飲みに誘う人物はいてもセフィロスにはいない。そう言えば手っ取り早い彼らの説明文になるだろう。

その日もザックスは月に一度必ず温かくなる懐を理由にして仲間と飲みに行っていた。

そんな彼を待つ理由はセフィロスに無く、そのまま床に就いたのは日付が変わるか変わらないかという時刻。

元来眠りが浅い彼は多少の物音にも目を覚ました。

玄関先で靴が何かにぶつかる音がするものの、「ああ帰ってきたのか」と思うだけでわざわざ起き上がったりはしない。

セフィロスにとっては今酔っ払っているザックスと言葉を交わすより温まったベッドで眠りに落ちることの方がよほど必要性を感じることだったのだ。

だから立て続けにあがる物音はそのまま、再び目を閉じる。

遠ざかると思っていた足音は何故か、自室の前で聞こえなくなった。

そして僅かな軋みと共に人の気配がセフィロスの眠りを妨げる。

「何だ」と言い掛けた言葉は唐突にやってきた温もりによって塞がれた。

起こした上半身を絡めとった腕はそのままベッドへとその身を倒れさせる。

相当酔っ払っていることは身体から立ち上る匂いと、この動作が物語っていた。

厚顔無恥と言われるザックスとて勝手に人の寝室に入りってくることなど無かったのだから。

ましてやベッドに潜り込んでくることなど。

 

嫌だ嫌だと他人の体温を身体中が拒否していた。

腰に回される腕と首にかかる温かい呼気にまどろんでいた眠気は覚める。

「ザックス」

俺はお前と一晩を共にするような女じゃない

お前の抱き枕なんかじゃないんだ

抵抗を腕に込めればむずがる子供のようにザックスは益々セフィロスを抱きとめる腕に力を込めた。

その時初めてセフィロスは既に力では彼に敵わないことを知った。

本気で抵抗すればその身体は自分から離れることは分かっている。

けれどそれはザックスの命を奪いかねないことも、セフィロスは充分すぎる程理解していた。

嘆息が暗闇と、傍らで満足気な寝息に流れ出す。

好きかと問われれば首をかしげるものの、その逆を肯定することは出来ない自分はザックスを力ずくで引き剥がすことを出来ないのだろう。

一つ漏れた溜息はザックスにではなく自分に対してのものだった。

 

そして朝、もう何度となく味わった酔いの名残に目を醒ますとザックスの目の前には銀の海が広がっていた。

ああ、これはセフィロスだ。そう彼は思い、想像通りの小さな頭にそっと唇を寄せる。

その瞬間に彼の痛覚は一瞬にして目覚め、身体はその身を引き起こさせた。

 

現在彼らは互いに遠い目をして向かい合っている。

「お前はもう少しわきまえていると思っていた」

そう呟くセフィロスを視界にいれることがザックスには出来なかった。

あえて何を、と言わない辺りに彼の呆れが心からのものであることに気付いていたから。

「悪かった」

謝罪の言葉を口にされてもセフィロスの瞳が細まることは無い。

そうして会話は当初に戻るのであった。

 

 

 

それから半年余りが経った。

彼らの関係は同居人から恋人へと変化し、ベッドを共にすることも何ら不思議なことではなくなった。

時にバスルームやらソファーが睦みあう舞台に変わることはあったが彼らの基本は大抵の恋人達がそうであるように互いの寝室であった。

その晩、当然となった二人でとる夕食の席でザックスがセフィロス好みの細いパスタをフォークに絡ませながら口を開いた。

「なあセフィロス」

呼ばれた彼はザックス好みのトマトソースを飛ばさないよう注意を払っていた視線を上げる。

何だ、と目で問われるザックスに逡巡の色が見えたがそれも一瞬のことであった。

「あの鍵、外さねーか?」

その提案にセフィロスの目が僅かに見開かれる。

彼はもう既にその存在を忘れていた。何よりこうした関係になってからセフィロスが鍵をかけたことはない。そう、一度として。

それを言えばザックスの眉が困ったように寄せられた。

「それは知ってるんだけど、やっぱり、さ。何かあれ見てると俺ちょっと不安になる。

お前が俺とこうしてるのってもしかしてただのお情けなんじゃないのかな、とか」

情けない言動にセフィロスは小さく喉を鳴らし「馬鹿だな」と一言呟いた。

見る見る間に不機嫌になっていくザックスは不貞腐れながらもその言葉を肯定した。

「恋に落ちた男は皆馬鹿になんだよ」

言い放つザックスにセフィロスは今度こそ声をあげて笑った。

「分かった、外そう」

そう彼が答えたのはそのすぐ後。

そして彼らは小さく笑いあい、テーブルを挟んでキスをした。

 

「そういやさ」

セフィロスの背に頭を寄せていたザックスの声が舟を漕いでいた彼をこちら側へと引き戻す。

「アンタのベッドに俺が間違って潜り込んだことあっただろ?その時もこうやってお前のこと抱いてた」

知っている、とセフィロスが気だるさを隠さず答えればザックスはあの頃と同じように彼の腰に手を回す。

違うことと言えば首筋に唇を押し当てる行為だろうか。

背後にいる為、見ることは出来ないがザックスは今穏やかな表情を浮かべているであろうことは簡単に想像出来た。

「俺、多分あの時から好きだったよ。お前のこと」

唐突な告白への返答は日に焼けた腕に重ねられた白い掌の熱。

あの日感じることが出来なかったセフィロスの体温。

「もう寝ろ。俺は休みたい」

そう言うセフィロスに囁かれた「おやすみ」という言葉はひどく優しいものだった。