愛している
お前は俺を何だと思っているんだ。
そう尋ねれば目の前のこの男が驚愕の表情を浮かべることは簡単に想像がついた。
近頃は顔を合わせたところで会話も続かない状態で、一体自分たちは何をしているのだろうと心が嘆く。
明朗としたあの男はその瞳に薄い影をよぎらせるようになっていた。
触れる手に以前は見られなかった逡巡が現われている。
何ということだろう。
あんなにも熱く愛を囁いた唇はいつの間にか貝のように塞がれたままで。
それならいっそ別れを告げてほしいものだと思うもののそれは恐らく相手も同じ想いを抱いていることは予想できた。
その言葉を口にすれば終局は直ちにやってくるだろう。
訪れれば望んでいた安寧の日々が戻ってくるはずなのに関わらず、それを唇に乗せることは難しい。
こうして顔を突き合わせ、側にいるというのに二人はただ黙っているだけだった。
たまの休日がこんな形で終わることはそれぞれにとって避けたかったが、
何をどうすればこの重苦しい空気を吹き飛ばせるのかももう分からない。
テーブルに置かれたコーヒーカップはもう湯気を立ててはいなかった。
それを取り替えようと伸ばした腕をやんわりとザックスは制す。
そのままセフィロスのそれと自分の物とを持ち上げ、席を立とうとする彼の姿にセフィロスは溜息をついた。
優しさが痛い。
思わずその背に向けて声をかけていた。
「ザックス。俺は、お前にそんなことをしてもらいたいわけじゃない」
振り返るザックスはコーヒーを淹れ直すこともせず、ただその瞳を見返す。
「そんなこと、知ってるよ」
「なら―」
「でも俺にはお前にしてやれることがこういうことぐらいしか思いつかないんだ」
弱弱しく笑うザックスにセフィロスは唇を噛んだ。
そうしてぽつりと呟く。
お前の愛など独りよがりだ、と。
そう、独りよがりだったのだ。全てが。
ザックスの愛も、セフィロスの思いも。
セフィロスが投げつけた感情の拳に彼はそっと瞼を伏せ、祈るように頭を垂れた。
固められていない横髪が風に揺らされている。
ふわりと香る整髪料の匂いが鼻腔をくすぐり、セフィロスの胸を震わせた。
抱き締め、抱き返されるその瞬間。誰よりも強く存在を感じる時、ザックスの瞳には自分が常に映っていたはずなのに今では何も映らない。
これで関係が終わったのだということは互いによく分かっていた。
さよならという言葉などなくても、こんなにも冷たさを感じているのだから。
「ザックス」
セフィロスの凛とした声が彼の名を呼んだ。
「俺はお前を愛したかった。お前が俺を想ってくれたように」
セフィロスの悲しげな物言いにザックスは小さく笑顔を見せ頷いた。
「俺はお前を愛してるよ。ずっと、愛してる」
時が止まった刹那、セフィロスの表情に揺らぎを見出した彼はそのまま問いかけた。
「なあセフィロス。キスしてもいい?」
唐突な申し出に伺いを立てられた本人ですら苦笑が漏れ、辺りをほんのひと時穏やかな空気が流れ出す。
相変わらずな奴だ、と呆れ混じりにセフィロスは瞼を閉じた。
それが彼の応え。
最後に重ねた唇はかつての日々と変わらない熱を持っていた。
魔晄の瞳を守る銀の睫。雪花石膏で作られた彫刻のように美しい白磁の肌。
低く艶やかな声。迷いのない太刀筋。時折見せる年相応の笑い顔。
そう、その全てを愛していた。
もう二度と触れることも感じることもないだろうけれど、ずっと、ずっと愛している。