Ligne de tangence
『今日は恋人が一年に一度会える日なんだ』
そう面白げに話していた男の顔を、ふと思い出した。
セフィロスが見上げる空には星が川のように流れている。
『あれが、天の川』
あれは何年前だっただろうか。以前気まぐれに泊まった安宿で、彼はセフィロスに一つ一つ指差し教えていった。
『あの川を渡って、恋人に会える』
安い酒、酷い煙草、男の好む整髪剤の香り。
一瞬の内にそれらが思い起こされてセフィロスは小さく身を震わせた。
会いたいと思った。
自然と、当たり前の感情のように、彼に―ザックスに会いたい。
けれど今ザックスはミッドガルで呑気に酒でも呑んでいるのだろう。そして自分は任務で彼の地からは遠く離れている。
会いたいから会いに行くという距離ではない。
漏れそうになる溜息を理性で押し留めていると、セフィロスの携帯電話が静かな部屋に鳴り響いた。
「もしもし?ダーリン?」
こんなふざけた会話を持ちかける相手など一人しかいない。
こんな奴に惚れているのかと半ば自分に呆れながらもセフィロスの口角は持ち上がっていた。
行儀が悪いとは知りつつベッドへと腰かける。電話の向こうも同じような静けさだった。
その静寂にセフィロスは何故だか安心する。
「何か用か」
「声が聞きたくなった。それだけ」
「俺もお前の声が聞きたかった」
そう言えば盛大に咽る音が聞こえ、セフィロスは瞳を細めた。
「今日は離れ離れの恋人が一年に一度だけ会える日らしいからな。
普段お前が言うように『素直』になってみたんだが…お気に召さなかったようだな」
「お前ね、俺がどれだけお前の一挙手一投足に振り回されてるか知っててそれやってんだろ」
人が悪いにも程がある、と愚痴るザックスの表情は簡単に想像出来た。
そしてどうしてその表情をこの目で確かめることが出来ないのだろうと思う。
その瞬間、セフィロスは口にしていた。
「ザックス。お前に会いたい」
一笑に付されるかと思っていた。けれどザックスは思いのほか真剣に「会いに行く」と応えを返したのだった。
逆にセフィロスがそんなザックスに驚いてしまう。
「今何時だと思っているんだ」
「午後9時半。バイクで飛ばせば夜明けにはそっちに着けるだろ」
「お前任務は」
「大丈夫」
「だが」
「いいんだ。なあセフィロス。俺だってお前に会いたいんだよ。分かるだろ」
分からないわけがない。
何もかもかなぐり捨てても会いたいと思う時がある。
それがセフィロスにとっては今だった。そして恐らくザックスも。
「じゃあ今すぐ出るから。近くなったら電話する」と言うザックスをセフィロスは制す。
「待つのは性に合わなくてな。俺もそっちへ向かうから途中で落ち合おう」
「別にそれはいいけどアンタ運転出来たっけ」
「見くびるな。俺に出来ないことがあるわけない」
ザックスの笑い声がセフィロスの耳に甘く、まろやかな音となって届く瞬間に恋情はますます大きいものとなっていく。
ひとしきり笑い終わるとザックスは名残惜しそうに、それでいて急くように呟く。
「本当に出るから、またな」
「ああ。また」
「あ、セフィロス」
「何だ」
「愛してる」
そうして途切れた声にセフィロスは自然と笑みを浮かべていた。
そして彼は必要最小限の物だけを持って部屋を出る。
ザックスの顔を見る頃には夜は明けて星を見ることはないだろう。
顔に似合わずロマンチストなあの男はきっと伝説に彩られた星空を共に見たいと願っていただろう。
けれど自分たちが在りたい姿はそんな伝説などではない。
会いたいのならば会いに行く。そうで在りたい。
そして言うのだ。
『愛している』と。