柔らかな人たち
火照った指先を絡ませる。
「熱い」
咄嗟に口をついた言葉に、指先の持ち主は苦笑した。
「風邪ひいちまった」
「そうみたいだな」
二本のミネラルウォーターをサイドテーブルに乗せて小さく微笑む。
まるでその表情は小さな子供をもった母親のよう。
ザックスが身体の異変に気付いたのはセフィロスがミッドガルから離れている時だった。
あ、やばい
そう思ったその瞬間にはもう遅く、半ば倒れこむようにしてベッドに潜ることとなった。
そして帰ってきたセフィロスがその姿を発見し傍についてやることにしたのだ。
何もいらないからただ傍にいてほしいと言われれば、どんな厳しい恋人でもそれを甘やかしたくなる。
さっさと医者に、と言いかけた喉はそれを飲み込んだ。
先程から二人は何を話すこともなくただ、同じ空間にいる。
ザックスの寝室はセフィロスと違い雑然とした、良くも悪くも『男』の部屋であった。
元々はセフィロスのものだったはずなのにもうその本質は欠片も見られない。
それが自分の心を満たしていると、セフィロスは信じないフリをした。
ほんの少しの時間沈黙が続き、気付けばザックスはすややかな寝息を立てている。
汗で張り付いた前髪を払ってやれば小さな呻き声が耳をついた。
床に溢れた物をぞんざいに押しのけ腰を下ろす。
身なりを整えることなども出来なかったのだろう。微かに不精髭が見て取れた。
そっと、起こさないように触れた手は想像していた通りざらついた感触を彼に与えた。
ああ、とセフィロスは漏れる吐息を隠そうとはしなかった。
先日アンジールに言われた言葉が蘇る。
『泣きたくなるそうだ、あいつは。お前といると。それだけで幸せが何なのか分かるらしい』
泣きたくなる感情をセフィロスは味わったことがない。
それでも『幸せ』が何なのかを彼は知っていた。
いや、知らされたのだ。ザックスという男によって。
『自分の手が誰かを幸せに出来るんだって初めて知ったよ』
自惚れるな、と多少整った息で呼吸するザックスを睨みつけるもののその言葉に嫌悪を抱いたかと問われればそうではない。
自分の心を満たせるのはこの男しかいないのだ。
「ん…」
シーツから出てくる手をもう一度入れようとしたその時、彼の腕は柔らかなそれに包まれた。
「ザックス」
窘める声は届かない。
それが故意なのかそれとも無意識なのか分からないが、掴む力は強くなるばかり。
諦めたセフィロスはもう一度小さな溜息をついて自らもベッドに頭を乗せ、思考を止めた。
「水―」
喉の渇きに意識を覚醒させたザックスが伸ばした手に滑らかな絹糸のような感触が残る。
「セフィロス?」
それはザックスが好んでやまないセフィロスの銀糸であった。
どうやら自分はセフィロスの頭を小突いてしまったようだ。
何の反応も返さない彼の姿にザックスは思わず息を呑む。
静かな寝息を立て身じろぎ一つしない彼はこの世の何よりも美しかった。
彼の寝顔をこんなにも近くで見たことがあっただろうか。
あったとしても凝視すればすぐ起きてしまうセフィロスのこと、ここまで無防備な寝姿は初めてと言っても過言ではない。
そしてその時になってやっと、彼はセフィロスがどうして自分の横で体を縮こませた状態で寝ていたのかを知る。
右手にはしっかりとセフィロスの左手が収まっていた。
英雄と呼ばれるにはあまりにも汚れていない手。
傷だらけの自分のそれよりもたおやかな手。
僅かな力を込めれば、淡い虹彩がザックスを映す。
このままずっと寝込んでてもいいかな、と呟いたザックスにセフィロスの呆れたような笑い顔が向けられた。