冬の訪れ

 

 

 

君はもう忘れただろうか

あの頃の夢を、あの頃の僕らを

 

 

「ザックス」という言葉にどこか甘さが含まれているように思えるのは幼馴染の報告を受けたからだろうか。

アンジールは上下する相手の喉を見つめ、考える。

「アンジール?聞いているのか?」

敏いこの友人は自分がうわの空なことに気付いたらしく、小さく首を傾げてみせる。

その僅かな仕草の中にも他の誰かが感じられてアンジールは微かな不快感を覚えた。

これは嫉妬だとアンジールは知っている。

そんな感情すら知らないなどとのたまえる程、彼は純粋でも何でもないのだ。

「―最近、よく笑うようになった」

呟いた言葉にセフィロスという名の英雄はしばし目を瞬かせ、「アンジール」と呼びかけた。

「ザックスと共に暮らすようになったと聞いたが、上手くやっているようだな」

「…ああ。腹が立つことばかりだが」

「そんなこと言っても顔が緩んでるぞ」

アンジールの言葉にセフィロスは唇をきつく結んだ。それでもアンジールは知っている。

セフィロスのこの表情はただ気まずさを隠すだけなのだと。

 

なあセフィロス。お前はザックスのことを愛しているのか?

 

ジェネシスとの会話の後でずっと彼はそう問いかけたかった。

それが出来なかったのは答えが簡単に想像出来たからだ。

驚いた顔をして、一瞬目を伏せ、しばらく逡巡した結果「嫌いではない」と呟くその姿が。

 

何ということだろう!

あんなにも自分を、そしてジェネシスをも惹きよせ、その全てで魅了した彼が今はただの男と成っていただなんて!!

 

いずれ来ると分かっていながらも信じなかった箱庭の日々は呆気なく終焉を迎えた。

アンジールはもう、自分の知っているセフィロスがいないことに気がついた。

目の前で淡々と仕事をこなしているように見えるセフィロスの、英雄ではない姿を見るのはもう自分ではない。

もう、セフィロスの救いは自分ではないのだ。

 

 

「セフィロス!」

唐突に鼓膜を震わす明朗とした声の主が誰なのかなど、考える前に身体が反応する。

視線を移したセフィロスの頬が僅かに緩んだのをアンジールは複雑な思いで見つめていた。

「何だ、アンジールもいたんだ。さっきまで探してたんだぜ?」

何の躊躇いもなくセフィロスの隣を陣取り、快活に笑う姿はかつての弟弟子。

いつからセフィロスの隣は彼の指定位置のようになったのだろう。

そんなアンジールの感情も知らず、彼―ザックスは呑気に今日の夕食のことなどを話している。

 

帰りは何時だ

俺より早いなら買い物頼まれてくれねぇ?

あと明日お前オフだろ?ちょうど俺も空けてあるから二人でどっか旨いもんでも食いに行こう

 

他愛の無い会話にも、いや、だからこそ彼らの新密度が窺える。

「おいおい、そういう話は休憩の時か家でやってくれないか?ザックス、俺は今セフィロスとミッションの話をしてるんだがな」

いよいよ会話が明日の予定にまで回り始めた会話をアンジールは遮った。

その顔には全くお前は、という苦笑が浮かんでいる。

しかしそれはあくまで表向きの意味合いであった。本当に今、彼が思いを表情にのせるとするならそれは能面のようなものだろう。

自分でも制御出来ないその心情は今にも暴走してしまいそうだった。

 

ザックスを引き合わせなければ良かった

 

ふと頭を過った考えにアンジールの心は凍った。

いつから自分はこんなにも、愛しい人の幸せを願えない男になったのだろう。

じゃあまた後で、と笑い合う二人の姿がぼんやりと滲んでいた。