ただ、二人だけ

 

今日も明日も永遠に

 

 

「セフィロス」

柔らかい、それでいて確固たる意志を持った声でセフィロスは船を漕いでいた意識を現実へと引き戻した。

目の前に自分を覗きこむザックスの顔がある。

男としては大きく、くっきりとした青い瞳に映る自分はやけに幼い顔をしていると思った。

「眠い?」

笑いながらそう尋ねられセフィロスは瞼を閉じることでその意思を示した。

時刻はもう23時半。仕事で疲れている身体は睡眠を欲していた。

視界を閉じることで再び彼は彼岸へと向かう。

それを止めたのはまたしてもザックスだった。

「セフィロス、起きろって。もうすぐ新年」

その言葉でセフィロスは何故自分がベッドではなくリビングのソファーで寝そべっていたのかを思い出した。

もぞもぞと身体を起こすその様は普段の姿からは想像も出来ない。

「アンジール」

「ん?」

ミネラルウォーターを手渡しながら隣に腰掛けるザックスがもつれた髪を弄ぶ。

されるがままのセフィロスは穏やかな口調で問いかけるような瞳に答えた。

「アンジールとジェネシスも呼べば良かった」

「俺だけじゃ不満?」

「お前と二人だと普段と変わらないから面白みがない」

「お前ね…」

セフィロスの言い草にザックスは呆れたような表情を浮かべる。

本当に傷ついているわけではない。セフィロスは眉こそ顰められているものの、その瞳がにやついていることに気付いていた。

 

「里帰りだってさ」

「里帰り?」

さっきからオウム返しだな、とふとザックスは思う。

普段は聞き返すことなど滅多に無いセフィロスでもこうしてプライベートな時間では案外呆けていることも多い。

それはごく最近になって見せたことだけれど。

完全に覚醒する必要はないと判断したのだろう。

セフィロスの目に鋭い光が見えない。このまま黙っていれば再び彼は寝そべり穏やかな寝息を立てることだろう。

セフィロスに甘いことは自他共に認めているザックスだが今日だけは起きていてもらいたい。

だから努めて会話を紡いでいた。

「アンジールとジェネシスだよ」

「そうか―」

 

セフィロスはザックスの言葉を無視しない。どんな些細なことでも尋ねれば答えるし、相槌を放りだすこともない。

自ら会話の糸口を結ぶこともあるのだ。

今回もまた、僅かな沈黙を破ったのは彼だった。

「お前はいいのか」

「何が?」

「里帰り」

「ああ。うん、大丈夫」

ザックスはいつの間に用意したのか手元のブランデーをくゆらせている。

自分だけか、と文句を言う薄い唇にグラスを当てれば小さな溜息と共にセフィロスの喉は焼けるようなそれを飲み込んだ。

そんな自分を見つめるザックスの瞳が穏やかな光を携えていることを彼は知っている。

そしてザックスの言葉はセフィロスの熱によって溶かされた氷の音に乗る。

「ゴンガガに戻ろうと思ったこと、ないからな」

横目で伺うザックスの様子は普段と変わらず、いや普段よりも落ち着いているように見えた。

「お前は故郷が無いって言うけど、あったらあったで面倒なんだぜ?

やれ帰ってこいだのちゃんと暮らしてんのかだの。うるせーの何のって」

「ザックス」

「でも不思議だよな。お前とこんな風に過ごすなんてこっち出てきた時は考えてもいなかった」

ザックスが今、自分を見ていないことにセフィロスは気付いていた。

彼が今見ているのは過去。過ぎ去りし日々。

一瞬、ちりりとした不快感がセフィロスを襲った。

その不快感の意味を彼は知らない。いや、知識としてはあるがそれを自分が持っていると認めることはひどく不愉快だった。

「来年は帰ったらどうだ?きっとお前の帰りを待っているだろう。俺のことなら気にしないで構わない」

だからそんなことを言う。

 

大人ぶってる。

それはザックスがセフィロスを評する際に口にする言葉だった。

ほんとの気持ち分かってるくせに言わないで、それで自分だけ余裕って態度するのは良くない。

そう、そんなことは自分が良く分かっている。

それでもセフィロスはそうすることしか出来ない。そうでなければ自分を守れない。

 

ザックスはひょいと眉を吊り上げた。

また心にもないことを、という顔だ。

「お前さぁ―」

言いかけた言葉をアルコールと共に飲み込んで、彼は少しだけ考える素振りを見せた。

セフィロスはただ黙ってその横顔を眺めている。

いつの間にか『男』になったその顔はセフィロスを時々戸惑われるには充分だった。

そしてそれは表情だけではなく、彼の話す言葉にも。

「お前、来年ゴンガガ行くか?一緒に」

 

つい思いつきで口にした言葉に相手の表情が一変する。

それがひどく面白いと思ったのはいつからだっただろう。

いや、考えてみればそれは出会った当初からだった気がする。

今ザックスの目の前で魔晄の瞳を見開いている英雄の姿に、彼は面白さより愛おしさを感じる。

それが出会った当初とは異なる感情だった。

「嫌?」

未だ瞳を見開いたままのセフィロスにもう一度尋ねれば、「嫌というわけじゃないが」という何とも歯切れの悪い返事が返ってくる。

「あ、でもダメだ」

しかしザックスは自らの誘いを一蹴した。

「俺次に帰る時は英雄になってるって言って出ちまったから、まだ英雄になってもいないのに本当の英雄を連れてったら笑われちまう」

冗談とも本気とも取れない彼の言葉にセフィロスはただ押し黙るばかり。

ザックス、と口を開きかければその相手は気まずそうな笑顔を浮かべた。

「悪いな。ゴンガガはまた今度だ」

 

そんなことはどうでもいいのだ。

自分を揺さぶったのは、彼が自分と在ることを当然として受け入れていること。

ただそれを素直に嬉しいと思った。

 

「お。もう年越ししてたんだな。セフィロス」

まるで何かを探っているのかと勘繰るほど、こちらの目を見る彼の態度は真摯なものだった。

小さくセフィロスも身じろぎを正す。僅かな背丈の差で、セフィロスはザックスの視線を受ける形となった。

「今年もよろしくお願いします」

ちょこんと頭を下げる彼の姿に自然とセフィロスの頭も下がる。

お互いが視線を上げるとザックスはふっと息を漏らすような笑顔を見せた。

「今年もっつーか来年も?ずーっと一緒にいような」

自らが口にした言葉に照れたのかザックスは瞬きをするセフィロスの整えられた髪をわしゃわしゃと掻き乱した。

普段なら文句や皮肉の一つでも言うセフィロスだったが、今日はただくつくつと笑い声を上げるだけだった。

そんなセフィロスを見やるザックスの瞳はひどく優しい。

 

今、この静かな瞬間は二人だけのもの。