動き出した列車が起こす振動に意識は取り戻された。
思ったよりも大きく、肩は左右に動いたものの終電ということもあってそれが触れ合うことはない。
小さな溜め息が一つ、漏れ出す。
倦怠感はいつの間にか感じなくなることの方が珍しく、慣れきったと言ってしまうのが正しいのだろう。
僅かについた泥が黒革の靴を台無しにしているのが目に付いた。
ああ―
再び、溜め息。
掌に銃の重みが残っている。
昨日は殺さなかったけれど今日は殺した。
明日はどうなるか分からない。
明日は何も起こらないといいな
そんな考えがよぎり、私はふるふると頭を揺らした。
そんなこと考えたって仕方ないじゃない
幼い自分に言い聞かす。
それでも
焼け付くようなネオンの光に不意に泣きそうになる夜がある。
扉が開いて、私は降りなくてはいけないのにどうしても足が動かない。
このまま遠くへ行ったらこの気持ちは軽くなるだろうか。
本当は何をするべきか分かっていても、そんな空虚な妄想でしか私は自分を守れない。
降りなくちゃ。私は帰らなくちゃいけないの。
帰る場所も行かなくちゃいけない場所も私は知ってるの。
それなのにそこが本当に行きたくて帰る場所なのか今の私には分からない。
お願い、私を迷わせないで。
決壊ギリギリまで溜め込まれた不安が今にも零れ落ちそうだ。
早くしなくちゃ扉が閉まってしまう。
胸ポケットから伝わる微かな振動に私のただでさえ逸る心がドクン、と動いた。
液晶画面に映る名前が早く出ろ、と急かしている。
自然と私は車内から滑り降りていた。
こんなことだから常識人だと笑われるのだろうか。
そんなことを考えながら耳に当てれば聞き慣れた声が流れ出す。
「先輩」
泣きそうな声を悟ったのか一瞬、それまで捲くし立てていた彼の言葉が止んだ。
そうして一言だけ彼は呟く。
「今日はルードの奢りだからお前も来るんだぞ、と」
その背後でサングラスで隠された瞳が動揺する光景を目に浮かべ私は小さな笑みを浮かべた。そして私も一言「はい」とだけ答えた。
通話ボタンを押してから再びそれをポケットにしまいこむ。
大丈夫、と言い切ることは難しいけれど信じたい。
私はまだ大丈夫だと。
まだやれるのだと。
気にかけてくれる人だっている。
一人じゃない。
繁華街の明かりが照らす夜空を私は久しぶりに綺麗だと思った。
そう思える自分がいたことにどうしてだか泣きそうになった。