漆黒の空に舞い上がる花の火が白い横顔を照らしていた。
スムーズとは言えない観覧車の動きも今は気にならない。
むしろ身体に感じる微かな振動が心を落ち着かせていた。
「キレイ、だね」
向かい合う彼女が表情を綻ばせた。
「ああ」
目の前の君の方が綺麗だなんてそんな歯の浮くような台詞を口にすることはクラウドには難しかった。
だから、ただ頷き彼女の見ているものに目を向ける。
「こういうの、デート、って呼ぶのかな」
彼女の翡翠の瞳が悪戯っ子のような輝きを見せてこちらを映していた。
戸惑いに満ちたクラウドにその瞳の持ち主はふふ、と肩を震わせる。
「ごめん、ね。困らせちゃった」
「エアリス―」
二人の視線がぶつかって、重い空気が狭い箱の中に充満する。
先に口を開いたのはクラウドだった。
「ザックス、って、」
彼が全てを口にする前に弾かれたようにエアリスは瞳を大きく見開いた。
いつも浮かべている微笑は隠され、肩が小刻みに震えている。
それだけでザックスという男が彼女にとって大きな存在だったことを物語っていた。
「―花をね、買いに来てくれてたの」
何も言えなくなったクラウドに代わり彼女の小振りな唇が声を出す。
声は明るいものだったが白い掌は握り締められていて益々色を失っていた。
それがクラウドの心を締め付ける。
「エアリス」
それ以上話さなくていい、という言葉はエアリス本人によって遮られた。
「話さなくちゃ、いけない気がするの。クラウドには。聞いておいてもらいたいの。どうしてか、わたしにも分からないけど」
そう言って彼女はいつも通りの笑顔を浮かべ、クラウドの声を飲み込んだ。
花火が遠くて一つ、上がった。
それを目にしながらエアリスは言葉の稲穂を摘んでいく。
「本当に時々で、約束なんかしてなかった。ふらって現れて、少しだけ世間話して、それで終わり。
買った花をどうするのか、聞きたくても聞けなかった。わたし、今までそんなことなかったのに、どうしても聞けなかった。言えなかったの。」
エアリスの声が震えていた。
「急にね、来なくなってもわたし、思ってた。今頃きっと可愛い女の子と一緒に暮らしてるんだ、って。わたしとは何の関係も無いんだから、って」
でも、わたし、と言いかけた所で大きな爆音が轟く。
もう終焉が近いのだろう。これでもかという大輪が咲いては散っていく。
「好きだったの」
それに視線を奪われたままのエアリスの唇が動き、その所作に気付いたクラウドが首を傾げる。
「今何か・・・」
「ううん、何でもない、よ。ただね、一つだけ、約束したこと思い出したの」
「約束?」
「会いに行く」
エアリスの笑顔がクラウドには痛くて痛くて堪らなかった。
「また、会いに行くって。そう、言ってた。結局、来なかったけど」
「すまない」
思わず口をついて出た言葉にエアリスは勿論言った本人のクラウドでさえ面食らう。
「どう、してクラウドが謝るの?」
「分からない。ただ、謝らなきゃって、言わなくちゃいけない気がして」
鼓動が高鳴っていた。贖罪を、許しを請いたかった。
彼女の声が、姿が、どうしようもなくクラウドの感情を揺さぶっていた。
「わたしこそ、ごめんなさい」
エアリスの柔らかい髪が揺れる。
「謝らなくちゃいけないの、本当はわたし」
項垂れる彼女にクラウドは慌てて頭を振った。
「エアリスは何も―」
「わたし、クラウドの中に彼を見てた。ザックスを、重ねてた。だから。でも、ね」
エアリスは顔を上げ、戸惑いに満ちたクラウドを見据える。
「今は違う。今は、わたし、本当のクラウドに会いたい。そう、思ってる」
そっと重ねられた手を、握り返すことはクラウドには出来なかった。
そしてそれは初めて感じた温もりだったはずなのに、何処か懐かしさを携えていてクラウドのまなこは熱くなった。